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コララインとボタンの魔女

Posted on 2017年9月7日 | No Comments

ニール・ゲイマンによる不思議の国のアリス的、ちょっとダークな雰囲気を持つ児童文学作品。例によってヒューゴー賞、ローカス賞、イギリスSF協会賞などの名だたる賞を受賞しており、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』のヘンリー・セリック監督によりアニメ映像化され、その映画は、ゴールデングローブ賞アニメ映画賞にノミネートされた。キモカワで、コワカワな、不思議でかわいいファンタジーな一冊。

主人公の少女コララインが、両親と一緒に大きなお屋敷に引っ越してきたところから、物語ははじまる。お屋敷はいくつかに区切られており、屋根裏や半地下には、元女優やネズミに芸を仕込んでいる男など、ちょっと変わった同居人が住んでいる。ある日、お屋敷を探検していたコララインは、封印された小さなドアを見つけるのだが……というわけで、そのドアはまぎれもない異界への入口なのだ。ドアの向こうには鏡の国的な、現実そっくりだがちょっと奇妙な世界が待っている。そこは、心躍るサーカスや、終わることのないミュージカル、花が咲き誇る美しい庭、コララインの願いをなんでも叶えてくれる優しい両親がいた。ただ一つ決定的に妙なのは、ママもパパも皆、目がボタンだということ。それでも楽しいばかりの不思議の国だったが、ある日、本物の両親が消えてしまう。この素敵な世界は、すべて自分を誘い出すための、ワナだと気づいたコララインは……

少女による典型的な異界冒険譚は、同じニール・ゲイマンによる『墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』と比べると、物語が寄り道することなく、余分なエピソードもなく、コンパクトにまとめられている。こちらのほうが児童書らしく、よりシンプルで、わかりやすく読みやすいが、やはり映像的に想起されるのは、どちらもティム・バートンの映像作品が持つビジュアルイメージである。

コララインにせよ、黒猫にせよ、どの登場人物にしても、そのセリフ、言葉ひとつひとつが、じっくりと味わい深く、腑に落ちるというか、腹に落ちるというか、ほほほぅと唸るというか、いずれにせよ、子供だけに楽しませるのはもったいない。ニール・ゲイマンらしさ満載の一冊となっている。ぜひぜひ、映画を見てイメージを固めてしまう前に……

コララインはため息をついた。「わかってないのね。ほしいものをなんでも手に入れたいなんて思ってないわ。そんなことを本気で願う人なんでいやしない。だって、ちょっとほしいなと思ったものがなんでも手に入るからって、なにが楽しいの?手に入れてみて、どうでもいいものだとわかったら、どうするのよ」

コララインとボタンの魔女


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