> | > アラビアの夜の種族

アラビアの夜の種族

Posted on 2016年10月10日 | No Comments

聖遷暦1213年、奴隷たちが支配するエジプトの中心都市カイロに、近代軍隊を率いて迫りくるナポレオン。幻惑のイスラム世界、奴隷であり支配階級である23人のマムルーク・ベイのうち、ナポレオンの怖さを感じているのは、第三位のベイ、イスマーイールただ一人。不安に苛まれるイスマーイールだったが、彼の信頼厚い有能にして眉目秀麗な奴隷秘書アイユーブは、主人にひとつの提案(秘策)を行う。

その秘策というのが、無類の読書家として知られるナポレオンに、とある本を献呈するというもの。その本、災厄の書といい、あまりの面白さゆえに読む者の魂を惹きつけ、とらえ離さず、特別な関係に陥らせ、ついには破滅させるという伝説の書物だという。

大きくみると本書はメタ的な構造ながら、その内部だけに着目すると、毎夜語られる災厄の書の物語と、カイロに迫りくるナポレオンに相対するため、奔走するアイユーブらの物語が、交互に繰り返されることで、本書が形づくられる。それは夜と昼、虚構と現実という構造をとり、2段組600頁超の本書をぐいぐいと、まさに災厄の書のとおり、魂を惹きつけられたかのように読み進めてしまう完全徹夜小説だ。

災厄の書の語り手、千夜一夜物語でいうところのシャハラザードの役割をはたすのは、ズームルッドという謎に満ちた美しい女性。災厄の書に登場するのは、醜男にして魔王のアーダム、アルビノにして森の拾い子のファラー、王の忘れ形見にして詐欺泥棒のサフィアーンの3人。それぞれの物語が語られるとともに、最後には3人が邂逅して大カタルシスに至る。虚構世界のカタルシスは、現実世界にもおよび、ナポレオン率いる軍隊がカイロに到着し、災厄の書をめぐる秘策に仕掛けられた罠が動き出し、ズームルッドの娘がアイユーブの新しい物語が紡ぎはじめ……

異端はたまた暗黒の村上春樹的、冒険小説、ファンタジー、歴史小説、ミステリー、もしくはウィザードリィノベライズ。史実に妄想が上書きされていく感覚からは、あと30年ほど山田風太郎が生きながらえていたら、書いていたかもしれない物語か。なにはともあれ、著者からの、読者に対する挑戦状ともとれる、災厄の書=物語の創造に震えろ。

なぜだ? 善いものと悪いものはそれぞれ美と、醜によって表されるはずではないのか? それが世界の真理ではなかったか?

アラビアの夜の種族



Leave a Reply

量子的跳躍 quantum leap. Powered by Blogger.