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定本 黒部の山賊 アルプスの怪

Posted on 2016年4月15日 | No Comments

ノンフィクションの山岳本はどれもこれも、なぜこれほどまでに面白く興味深く、読む人間をひたすらに強く狂おしく惹きつけるのだろうか。

人里離れた黒部の奥地に、山賊らしきものがいるらしいという導入部。山賊という言葉は新聞の記事からとられている。本書の著者である伊藤正一氏(元々は航空機エンジンの開発者であった)が三俣山荘の権利を手に入れるところから、物語がはじまる。戦前と戦後の混乱期、もしくは遥か昔から、黒部の奥地で跋扈していた山賊たちとの交流を描きつつ、埋蔵金伝説に憑かれた人々や、山荘運営記的なもの、大自然の驚異や小屋建設にかかる苦労話、登山者の遭難や救援救助話、さらには山の怪異などについても書かれている。

本書は、長きにわたって絶版となっていた隠れた名作で、そのあいだ伊藤正一氏が運営している三俣山荘でしか、手に入れることができなかったという幻の一冊なのだ。今回、新たなエピソードや、貴重な写真が追加され、さらには高桑信一氏と高橋庄太郎氏による解説的文章も加えられており、定本となって帰ってきた。

やはり本書で、なにより面白いのは、山賊たちとの交流であろう。山賊といっても、登山者を襲って暮らしている者ではない。基本的には、クマを狩り、カモシカを狩り、イワナを釣り、人がほとんど訪れることも無い、そんな奥山での暮らしを基本としている人々のことだ。一部には山賊まがいのこともしていたのかもしれない。ただ過去の悪事をすらすらと語るわけもなく、著者の知る限りの、ぼやけた記述にとどまっている。

とはいえ、それもこれも、人里から遊離した暮らしぶりゆえに、生活様式も世間の常識も、何もかもが異なることから生じる、異文化同士の誤解ではなかったのかと思う。思ってしまう。そんな山賊と呼ばれた男たちの、怪しくも魅力あふれる人間っぷりに、本書の魅力のほとんどが詰まっているといっても過言ではないだろう。散発的なエピソードが積み重ねられるだけなのだが、この世界にいつまでも浸っていたいと思わせる魅力がある。

畦地梅太郎の版画がなんとも印象深い表紙となっており、山岳本と畦地の絵のハマり具合も見事だ。定本となって、さらに名作。

定本 黒部の山賊 アルプスの怪




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