> | > 犬の伊勢参り

犬の伊勢参り

Posted on 2015年6月14日 | No Comments

明和八年四月、犬が突如、単独で伊勢参りを始めた。
以来、約百年にわたって、伊勢参りする犬の目撃談が
数多く残されている。
犬はなぜ伊勢参りを始めたのか。
どのようにしてお参りし、国元へ帰ったのか?
そしてなぜ明治になって、伊勢にむかうことをやめたのか?

犬がお伊勢参りするそうである。それも飼い主に連れられて、というわけではなく単独で。なんともそんなファンタジックで不可思議なことが、江戸時代に起こったらしい。そんな謎に満ちた犬の伊勢参りについて、どのように伊勢参りをし、どのように国元へ帰り、犬の行動の背景には何があったのかを調べた一冊。

犬の伊勢参りに関する記録をいくつも紐解きながら、そのメカニズムを解明してゆく。メインとなる犬の伊勢参りだけではなく、伊勢神宮の禁忌について、御蔭参りと抜け参り、伊勢 慶光院と犬公方 綱吉のつながり、豚と牛の伊勢参りなどなど、興味深くも面白い。

ただの犬好きも、また伊勢参りをする前に一読しておくと、より旅を楽しめるはず。

ヒトとイヌがどのような関係を保ちながら生きてきたか、その歴史を調べてきた。動物学でもない、歴史学でもない、民俗学でも、社会学でもない、学問研究の分野としはきわめて曖昧模糊としたヒトとイヌの関係をずっと調べてきた。犬の伊勢参りについては、断片的に書かれたものはあるが、全体像に触れたものはまったくなかった。その全貌を本書の中で明らかにしたいと思う。

綱吉は犬公方といわれているが、綱吉自身が愛犬家だった形跡はない。犬が来たら大切に養えと町民には命じていながら、町の犬が江戸城内に入り込むことをこばみ、養った形跡もない。むしろ、江戸城を犬の死穢、産穢、排泄物から守ろうという意思が働いていたように思う。
伊勢神宮はさまざまな穢れから守られ、清浄でなければいけなかった。「犬を神宮に入れてはならない。神木を汚してはならない」というのは綱吉の考えと合致するものだった。

人の心の動きが犬たちの行動に投影される。「これは伊勢参りの犬だ」と人々が認識しない限り、犬は伊勢に向かうことも帰ることもできない。犬たちは周りの人たちが期待しているように行動すれば、あるいは人と一緒にずっと歩いていれば、やがてうまいものにありつけることも知っていたように思われる。それを「お参り」という行為に結びつけて解釈したのは人間である。犬の伊勢参りは人の心の生みだした産物でもあった。

犬の伊勢参り (平凡社新書)



Leave a Reply

量子的跳躍 quantum leap. Powered by Blogger.