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下流同盟―格差社会とファスト風土

Posted on 2014年11月25日 | No Comments

格差社会とファスト風土、という言葉につられて読んでみた。

本書は、日本のアメリカ化、つまりは郊外ロードサイドに大型商業施設ができ、中心市街地が空洞化することに疑問を呈する内容になっている。言ってることは、10年前ぐらいからの議論となんら変わらない。こういう言説を聞き続けてきた人にとっては、状況は何も変わっていないのだな、むしろ悪化しているのだなと気づくことができる。

これがアメリカのファスト風土だ、といった本場アメリカの郊外レポートが興味深い。国内では、群馬県太田市の駅前の通りが、700mに渡って風俗街化している事例が紹介されている。これは驚きこそすれ、想定内だろう。
アメリカ化・郊外化に感情的に不安を覚えるから反対するわけでなく、アメリカ化・郊外化がもたらした結果を示している。それが下流化だ。下流同盟というタイトルは、なんとも皮肉的ではないか。

下流化。本書に書かれているとおり、不可解な犯罪、崩壊する家族、増大するワーキングプア、青少年の非行化、ファスト風土化だけがこれらの原因ではないだろうが、ファスト風土化することで、表面的には、格差が見えにくくなっていることに問題があるのだろう。不可視な世界は、六本木ヒルズのジャスコ化に繋がってくる。この不可視な時代を、いかに生きるかということだ。

大型商業施設の話は置いておいて、他に面白かったのは、脱フランチャイルド・シティのヨーロッパの事例を紹介したところ。ダヴィッド・マンジャンが示す、新しい都市計画像が新鮮だった。

まず、これまでの自動車交通を制限した安全地帯(生活ゾーン・居住環境エリア)を、自動車道路網で囲む手法を否定している。つまり、通り抜けのできない、セキュリティが保証された環境の連続体ではなく、逆に通り抜けられる都市こそが、安全であるという逆説を示しているのだ。これは、なんとも刺激的で面白い。
道路の専用化は、それぞれが最高速度を出すことで、効率的となりメリットを生むことを目指している。それに対しマンジャンは、都市のいくつかの場所で、専用道設置は有用だが、全面的に展開するのは、かえって危険なのだと唱えている。

子供をはじめとした歩行者の保護のためには、むしろ道路は異なる種類の利用者に、混合して使用されているほうがよいと提案。対面交通はアクセスしやすく、自動車の減速をうながす。単一の機能を割り当てた道路で、強制的に交通をさばくよりも、交通手段の相互作用を利用すべきというのだ。
つまり、自動車に依存した状況を解消するのは、公共交通の整備、徒歩や二輪車でアクセスできる場所への近隣サービスの誘導、駐車の制限などによればよいということ。

これまでの都市計画=ブキャナン・レポートが示した考え方は、世界中で受け入れられており、日本でも地区交通計画や、道路行政で取り入れられてきた考えの根本にあるものだ。この当たり前と思っていたことを、マンジャンは全部ひっくり返す。都市というものが、様々な尺度と価値観によって構成されている、複合体であることを改めて認識し直すものだ。

囲い込むことではなく、開放することでセキュリティを高めようとするこの新しい手法は、ゲーテッドコミュニティや、監視が強化される社会へのアンチテーゼとして、いかにもヨーロッパらしいと感じた。マンジャンは、自らが目指す都市像を『雑種都市』と呼ぶ。速度から流動性へ、非均質で統一された美よりも、活力を好む都市の姿には、雑種という名こそふさわしい。

下流同盟―格差社会とファスト風土 (朝日新書)




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