> | | > 東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム

Posted on 2014年11月22日 | No Comments

東京とその周辺の非都市論的都市論、というか印象論か。東浩紀と北田暁大の対談形式による一冊。2人とも東京圏で生まれ育った同世代人。自分は、東京及びその周辺に住んだことはないので、実感というか共感というか、そういう感情はほとんど生まれないのだが、格差・郊外・ナショナリズムという文句に惹かれて読んでみた。

まずは、東急や西武が作り上げた、シュミラークル的な「広告都市」「広告郊外」についての話。

その「広告都市」の代表格が、渋谷だ。70~80年代にかけて、パルコやBukamuraが生み出した記号的消費空間としての都市。渋谷は、都市が持つ身体性や、暴力性をたくみに排除し、記号的な消費の場として構築された都市=消費のテーマパークである。つまり、これが「広告都市」だという。トゥルーマン・ショーや、ディズニーランドのイメージが喚起される。

これが90年代に入り、バブル崩壊など経済的、もしくは社会的な出来事を背景に、大きく変化していく。チーマーに援助交際に、渋谷が持っていた記号的な消費空間としての機能が、失われていったのだ。そして台頭してきたのが、ジャスコ的郊外だ。

興味深かったキーワードを、以下に羅列しておく。

・セキュリティへの意思、という共同幻想を持つ住宅地「青葉台」(広告郊外)
・ユニクロ・ジャスコ的なものが全域化することで、社会的な格差は表面に現れにくくなり、差異の可視化が希薄になりつつある
・希薄となることで、六本木ヒルズがジャスコ的に見えてしまう
・都市の記号性も、地域共同性も、ジャスコ的なものに対して、脆弱であらざるをえず、防波堤にはなりえない
・「都市は舞台として固有の物語性を持っていなくてはならない」という幻想を、共同的・人為的・意識的に再生産し続けるような街が、ジャスコ的郊外化に抗いうる
・趣味が街を形成していくうえで、重要なファクターとなった=コミュニティ・オブ・インタレスト
・都市のダイナミズムが、つねに若者やサブカルチャーによって表象されてしまうことへの違和
・セキュリティの論理が、都市を表面的に不可視とし、都市のダイナミズムはヴァーチャル化してゆく

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)




Leave a Reply

量子的跳躍 quantum leap. Powered by Blogger.