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べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ ケアをひらく)

Posted on 2014年11月6日 | No Comments

降りていく生き方を読んだらば、次はこれ。同じく『べてるの家』について書かれた本だが、本書は外部からの取材によるものではなく、『べてるの家』そのものが『べてるの家』について語っているのが特徴。

当事者が語ったことから、ソーシャルワーカーや医師に看護士、そして『べてるの家』を支えている、周辺の人々の言葉からなる本書。キーワードがピックアップされているが、体系的ではなく、それぞれが思い思い語り書かれたものなので、全体的なまとまりはない。べてるについてある程度の知識が無いと、何のことだかわからないだろう。まずは、外部からの取材による『降りていく生き方―『べてるの家』が歩む、もうひとつの道』から、『べてるの家』について触れるのが無難だろう。

しかし、やはり当事者や関係者が語る『べてるの家』にこそ、本当の『べてるの家』の力があると感じられる。力と書いたが、そこにあるのは強烈なユーモアだ、笑いだ。そのユーモアの裏側に感じられる、ペーソスというか優しさが、我々の心を打つ。こぼれ話的な話題を、イラストにしたものが非常に『べてるの家』的で、なんとも面白いのだ。

本書のなかでも引用されてるが、坂口安吾のこの言葉が、興味深かったの最後に引用する。

「精神病者は自らの動物と闘い破れた敗残者であるかもしれないが、一般人は、自らの動物と闘い争うことを忘れ、恬として内省なく、動物の上に安住している人々である。」

べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ ケアをひらく)



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