> > オオカミの護符

オオカミの護符

Posted on 2012年11月16日 | No Comments

同名のドキュメンタリー映画をもとに書かれた一冊。

川崎市宮前区土橋。50世帯あまりの小さな村は、高度経済成長と渋谷から三〇分という地の利により、土地の運命を大きく変えられ、いまや7000世帯が暮らす街へと変貌した。この地で長年農業を営んできた著者の実家の古い蔵に貼ってあった黒い犬のようなものが描かれた護符。この護符への素朴な興味が、護符の謎を解く旅となり、著者の運命をも変えながら、いつしか関東甲信の山々へ繋がっていく。

故郷再発見の自分語りであり、都市に今もひっそりと息づく山岳信仰の世界を垣間見ることができる貴重なレポートであり、オオカミが持つ神性を強く感じる素晴らしい一冊となっている。

母が嫁に来てから少し余裕ができた祖母は、こうした信仰の地を巡る旅に出掛けることを楽しみにしていた。「善光寺さん」や「お大師さま」など、訪れた神社や寺の縁起など、祖母自身が物語の地にお参りに出かけた時の土産話も併せて語ってくれたことを覚えている。祖母の「旅」とは、自らの信心の土台にある物語の地を訪ねることだった。「光を観る」旅こそが、本来の観光だったのだろう。

「神々の居場所」を想うとき、記憶の彼方から「べーら山」という言葉が蘇ってきた。それは、多摩丘陵の村々で聞かれた「雑木林」を指す"地ことば"だ。
「べーら山」。こんなにも大切な言葉を忘れかけていた。いや、全国区で通用する「里山」という言葉を便利に使ううちに、記憶の隅に追いやられてしまっていたのだ。
地元土橋では、ナラやクヌギなど薪にする木を「べーら」といい、それを生やした山を「べーら山」と呼んだ。煮炊きのための薪をとり、堆肥にする落ち葉を拾うのはもちろん、清らかな水を恵んでくれる命の山であった。そこには神々の棲む祠が祀られ、人々の祈る姿があった。

百姓を志して山の村に移り住んだ内山さんは、村の暮らしに触れるうちにあることに気づいた。村では労働を「稼ぎ」と「仕事」とに使い分けているということに。「稼ぎ」とは、生活に必要な現金を得るための労働であり、他にもっと良い収入が得られれば、ただちに乗り換えても構わない。それに対し「仕事」とは、世代を越えて暮らしを永続的につないでいくためのもの。

オオカミの護符




Leave a Reply

量子的跳躍 quantum leap. Powered by Blogger.